「水曜日のダウンタウン」に見る「なにもしないボス」の効能

テリー伊藤が「水曜日のダウンタウンが面白い」と言っていた。

テリーはどちらかというと、汚れだとが下劣志向なので、水ダウのような知的系、変化球系を評価したことに驚いた。

水ダウはとても好きな番組で、大きなスポーツ大会で飛ばされたりすると、ロスになる。

水ダウのコンセプトは以下の通り。

・ダウンタウンが司会をしている
・ゲスト陣は豪華だが、笑うだけであまりコメントさせてもらっていない
・とにかく企画勝負
・「見出し」で笑わせなければならない
・企画はスタッフが作り、取材もスタッフしか行わない
・番組の肝は企画をプレゼンするお笑い芸人であり、ここが笑いのゾーンとなる
・プレゼンするお笑い芸人は、実力はぞろい
・ダウンタウンもゲストと同様に笑うだけで、ほとんどコメントしない、少し突っ込むくらい


そう、ダウンタウンはこの番組では客観的な立場に立っている。

松本に至っては「本当にこの番組のスタッフは失礼やな」と言ったりする。

このセリフには「俺は企画に携わっていない」「俺は取材に参加しない」「俺は企画の評価者や」という立場の表明に他ならない。

それすら企画の一部に感じるが、ここではそこまで掘り下げないでおく。

なので、この番組の面白さは、企画の意外性と、プレゼンをするお笑い芸人の表現力にかかっている。

それだけで、テリー伊藤の評価を受けたのだから、すごい。

なぜスタッフたちはこんなに攻めた企画を出すことができるのだろうか。

なぜ、若手とはいえ実力派お笑い芸人たちは、全力でプレゼンするのか。

「ダウンタウンに認められたい」という気持ちがそうさせているのではないか、というのが私の仮説である。

そして松本と浜田も、ほぼ客観視する立場ながら、要所要所で企画のえぐさを褒めたり、お笑い芸人の言葉の妙を称えたりしている。

それでは次に、この水ダウと、私が注目しているもうひとつのお笑い番組「さんまのお笑い向上委員会」と比較してみよう。

水ダウと向上委員会との類似点は次の通り。

・大御所が司会をしている
・出てくるお笑い芸人が実力者
・コンセプトが異質


一方、2つの番組が明白に違う点はこう。

・さんまは自分がお笑いの中心になる
・ダウンタウンは脇役に徹する


この2点は、明らかに違う。

そしてこの2点は、さんまとダウンタウンの笑いスタイルの違いともいえる。

しかしここではあえて、この2点は「まったく同じ効能を発している」という視点で考えてみたい。

私は、お笑いの中心に自分を据えて他の芸人たちをぐいぐい引っ張る形で笑いを作る向上委員会のさんまも、企画力や若手芸人の力をクールな切り口で切り裂くことで笑いを作る水ダウのダウンタウンも、「絶対的なボスの存在ゆえに周囲の力を引き出している」という点でまったく同じである、と感じるのだ。

水ダウのスタッフも若手芸人も、ダウンタウンに笑ってもらえることを目標に、練る。

向上委員会の若手芸人も、さんまにしっかり調理してもらいたいがために、仕込みに時間をかける。

つまりどちらの番組も、ボスをリスペクトする気持ちをてこに、質の高い笑いを作っているのである。

さて、
ビジネスの世界でも、おそらく同じだと思う。

スタッフがどれだけ強く「ボスに認められたい」と思っているかどうかが、そのプロジェクトチームの成果を大きく左右すると思う。

もし全スタッフが「ボスに認められるとすごくうれしい」という気持ちを持っていれば、そのボスが「なにもしなくても」、自然に成功するのである。

ということは、ボス、つまり管理職や経営者の仕事とは、「スタッフに自分のことを好きになってもらうこと」に尽きるのだろう。

スタッフによるボス評価において、実績は重要な位置を占める。

と考えがちである。

しかし管理職や経営者は、実績を上げていて当たり前である。

つまり、スタッフは、ボスから過去の実績だけを示されても、「私もそれくらいの実績をあげられるくらい頑張ろう」とは思わない。

ダウンタウンもさんまも、過去の実績だけを武器に、若手芸人に立ち向かっているわけではないのである。








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とかなんとか言ってみた、てへ。





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by cwhihyou | 2016-12-22 08:24 | Comments(0)
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